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その昔、江戸じゃァマゲは当たり前。
力士の髷も、今みたいに大銀杏だけじゃァ、なかったんでさァ。
若い力士は、まだ前髪もついたまんま、合鬢は、月代が多めに剃ってあんのかスッキリ見えます。
やぐら落としなんかは、渋い髪型で玄人うけしそうだし、中にゃあ櫛なんか髷に挿しちまってる力士もいるんですよ。
他にも栗髷や本中髷ってのもあって、今でも出世に髪の長さが追いつかない若い力士なんかは、栗髷を結ってくることもあるそうで…。
日本髪ってのは、どうもいまいち浮世絵じゃどういう仕組みかわからねェし、調べるにも資料が少ないときた。
もうちっと勉強して、説明できるようにならねェといけねえす。
初代両国梶乃助って力士がいましてね、美男子で、土俵に上がるときは白粉ぬって二枚櫛をさしていたとかいないとか。
この白粉っていうのは、ただ単に色が白粉を塗ったように白かったていうのが有力な説らしいんだけどねェ。
今のお相撲さんでいったら、稀勢の里関なんかがやったら似合うかもしれねェなあ…なんて、怒られちまうかね。
お相撲さんの見栄えするのは、取り組みのほかにはやっぱり土俵入り。
なんでも初期は、化粧回しをつけたまんまで相撲をとったとか、小耳に挟んだことがありやす。
しかし寛政の改革ってのがありゃして、贅沢禁止令がでちまったんですよ。
したっけ、化粧回しはお抱え藩の家紋だけ。それも渋くていいけれど、やっぱり化粧回しは豪華でなくちゃ…ねェ。
それから化粧回しが豪華なもんに戻ったのは、ずぅっと後の明治になってからなんす。
今の力士とくりゃァ、電飾なんてつけちまってるんだから、派手も派手です。
…露鵬関の化粧回しが電飾で有名ですぜ。
なかでも江戸の男達が熱狂したのは、相撲!!
しかも力士ってのは、「与力」「火消しの頭」と並んでそりゃァモテたもんですよ。
気は優しくて力持ち、それに一年分をたった二十日の興行で稼ぐ豪快さ、モテない訳がありゃァしねぇ。
さてところで、江戸のお相撲は年に二回、それぞれ晴天十日間の興行でござんした。
天明年間から両国の回向院境内がその定場所となった訳なんですが…残念なことに女性の観戦は禁止されてたんですよ。
なんでかって??
女性差別じゃァありゃせんか、と思いきや、どうもそうとは言い切れねェ理由があるんでさァ…
「相撲場にいって、痣のひとつもつくってこねェ奴ァ、男じゃねぇ」
なんていわれたもんで。
かたや贔屓の力士を応援すりゃぁ、かたや負けじと相手の力士を応援する。
観客同士の口論や喧嘩が絶えねェどころか、流血騒ぎは日常茶飯事!
しかも、力士まで喧嘩に乱入するとくりゃァ、女性が観戦禁止になるのは、考えてみりゃァ自然な話。
なかでも有名な「め組の喧嘩」じゃ負傷者99人が出る大乱闘…おっかねぇこってす。
しかしね、女性でも幕内力士が相撲をとらないのどかな「千秋楽」だけは、観戦できたって話でさァ。
女性が本当に相撲を観戦できるようになったは、明治5年の11月場所、二日目から。
考えてみりゃァ、ニッポンの相撲も平和になったもんすねェ。
杉浦日向子著
一日江戸人
風流江戸雀
百日紅(上)(下)
お江戸でござる
石川英輔著
大江戸生活事情
大江戸見聞録
江戸の庶民の朝から晩まで
江戸歴史文化クイズ
リッカー美術館所蔵 浮世絵名品展
都風俗化粧伝 平凡社
ヴィジュアル百科江戸事情 服飾編 NHKデータ情報部編
江戸宇宙
浮世風呂
浮世床
お江戸ガールズライフ
モース「日本その日その日」
website: (いづれも勝手に参考引用・リンク)
edo http://www.geocities.jp/yumetoikiru/edo/edo-1.html
江戸暦 http://homepage1.nifty.com/hakka/edo/
長崎大学附属図書館 古写真データベース http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/
日本相撲協会 goo大相撲 http://www.sumo.or.jp/
博物館・資料館:
江戸東京博物館
江戸東京たてもの園
江東区深川江戸資料館
これから(又はもっと)調べようと思っています:
東海道中膝栗毛
葛飾北斎・葛飾応為・歌川派の絵師・菱川師宣・歌川広重・東洲斎写楽
イザベラ・バード「日本奥地紀行」
フィッセル「日本風俗備考」
大江戸ものしり図鑑
日本髪
古写真
江戸時代の着物
和算
かぶき者
おなじみの方はこんにちは。
初めての方ははじめまして。管理人のユジャと申す者です。
さて、このブログ「大江戸天地!!」ってヤツですが、「何のこっちゃ」な方にまずご説明。
ちょいと昔のニッポン人、江戸時代に今で言う東京に暮らした人々…そうですねェ、「江戸人」とでも呼びましょうか。
ここ最近、江戸人たちの暮らしが見直され始めてるんでございますよ。
なんてったって、江戸の町は、生活の中のありとあらゆる物をリサイクルして使っていた、「リサイクル都市」なんですから。
それに、江戸人たちは子供を大切にしたんです。庶民の就学率は8割、ほとんどの人が“ひらがな”だけなら読めたってんですから、同時代の欧米諸国と比べてごらんなさい、決して劣ってはいないはず。
でも、江戸時代は、身分差別があって窮屈で暮らしにくい時代なんじゃなかったかって?
いやいや、そうとも言い切れないですヨ。
いわゆる武家さんは武家さん、庶民は庶民。今の時代劇をそのまま鵜呑みにしちゃぁいけませんて。
武家さんは質素倹約、男でも女でも高い教養を身につけなきゃなりません。たしかに武家は窮屈な暮らしぶりだったかもしれませんねェ。
でも、庶民は今の人たちが考えるより、ずっと奔放に、心豊かにくらしていたんでございます。
その辺はこれから追々、ご紹介してまいりましょうか。
それに、女性は本当に虐げられていたのか、今となっちゃァ、甚だ疑問でございますよ。
当時日本に来ていた外国人は、男性が子守をするのを見て驚いたってんですからねぇ。
カカア天下なんで珍しくもない。
何より、離婚、再婚、再離婚、最再婚なんてザラだったんですから。…本当ですよゥ。
ちょいとは江戸に興味をもっていただけましたかねェ。
この「大江戸天地!!」は管理人ユジャが趣味で江戸について調べた事柄をつらつらと書き散らしている、いわば“草紙”でございますから、間違いがあったら御容赦くださいませね。
なにぶん素人ですから、お目汚しもあるかと思いますが、暖かい目で見守ってやってくださいまし。
これから江戸の風俗や江戸人の価値観、さらには江戸文学まで裾野を広げてやってみようと思ってます。
いつかは自分で江戸人の姿を書き表せたら幸いでございます。
では、ごゆるりとご覧下さいな。
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そっから更に火のついた江戸熱。
若輩者ではありますが、よろしくお願ェいたしやす。

